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小田原城址のさくら

2013年4月3日 更新
小学生のころは小田原の街中に住んでいたので、「城内小学校」に通っていた。「城内小学校」は小田原城の廃墟のあとに建っていた。
そこは、今に残った大き くもないお堀のぐるりに、石垣と歳を経た松の巨木たちが立ち並んでいて、松籟がわずかに古(いにしえ)のにおいを伝えてくれるばかりであった。
わたしたちは、毎日そのお堀にかかった赤い「学び橋」を渡って通学していたのである。
学校の後方山上には、こぶりな遊園地と動物園があって、小田原城の天守閣が再建されていた。その天守閣が、北条五代のものなのか、徳川期のものなのかは、わからない。多分、厳密に考証されたものではなかろう。
   
お堀の松の間を縫うように、天守閣につづく道の両側にも、おびただしいさくらの古木が植わっていたから、毎年この時期の学校はさくらの中にあった。
入学式も卒業式も、いまだにさくら吹雪のイメージとかさなり、あまずっぱさとともに脳裏によみがえる。
 いまでは、その「城内小学校」も統合されてなくなってしまった。歴史ブームのあおりで城郭の痕跡の発掘作業なども進んでいる。立派な常盤木門やら、銅(あかがね)門やらが再現され、テレビドラマのロケなどに重宝されているようだ。
   

かってのものさびれた廃墟のさくらから、今はにぎやかな観光地のさくらとおもむきは変わってきたが、人のいとなみと関係なくさくらは咲き、松は茂っている。
橋に立って眺めていると、咲き誇るさくらの向こうに、木造百年を経た校舎のまぼろしが浮かんでくるようだ。                   2013 3/26

[Y.T]